« 2010年2月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年4月29日 (木)

brewster society news scope

Photo
アメリカ、ブルースターソサエティの会員誌「ニューススコープ」に「和の万華鏡」を紹介していただきました 。
ブルースターソサエティは言うまでもなくアメリカ万華鏡の母、コージー・べーカーさんが設立した愛好者団体で、毎年コンベンションを開き、情報の交換や新作の発表の場として活動しています。
日本の作家や愛好者も会員となって、交流を深めています。
「ニューススコープ」に掲載されたのは、一昨年、仙台万華鏡美術館で行われた「和の万華鏡展」の時の作品ですね(2005年となっているけど2008年です)。
荒金純子さんが紹介してくださいました。
中里保子さんの「秋草」、清野一郎さんの「」、溝口好晴さんの「虫籠」、代永正樹さんの「隠し筺四つ目格子」、辻輝子・美里さんの「ごんずい」、井野文絵さんの「蝶」、加藤瑞枝さんの「扇」などです。
私が「和の万華鏡」に気持を寄せるのは、単に日本人だからとか、年齢を重ねたからというだけでなく、日本の工芸の技術がアメリカよりも絶対に優れていると思うからです。
当たり前すぎる話ですが。
奈良時代から1300年もかけて培ってきた工芸の技法、そして美意識、それは世界に冠たるものといえます。
最初アメリカから来た万華鏡を見て、というよりも実はコージー・べーカーさんのお宅におじゃまして、彼女のコレクションを見せていただいたときから、べーカーさんには申し訳ないけど、これは日本で作った方が絶対にいいものが出来るという確信を持ったのでした。
そして待っているうちに何人かの日本の工芸の技術を持つ作家さんが出てきて「和の万華鏡」という発想が形となっていきました。
もっとも映像(イメージ)ということでいえば、アメリカの方にまだ優れたものがあるようにも思いますが、しかし、日本の作品にはあえて色を抑えたもの、繊細な美しさを表現したものなど、幽玄といえる作品も生まれて、私は200年後に残るのは、日本の作品ではないかと思います。
ポーランドに行ったとき「車やITなど日本の先端技術は今世界に発信して大躍進を遂げているけど、日本には素晴らしい伝統工芸があって、それを世界の皆さんにもう一度見ていただきたい」と挨拶し、園田高明先生(ポーランド展をセッティングしてくださった九州大学の工学博士)にほめられました(なにしろポーランド・クラクフにトヨタと富士通があって、実はとてもお世話になったのですが)。
今、車もITもかつての勢いはなく、韓国や中国に追い越されようとしています。
エッセイストの外山滋比古さんが「もともと古いものは滅びない。新しいものは無くなる」と言っていますが、1000年以上も続いてきた伝統の技術は必ず次の時代に引き継がれていく。
まあ、万華鏡でそこまで力むこともないと思うのですが、せめて世の中のほんの片隅で「和の万華鏡」が秘かな輝きを放つことを、楽しみにしたいと思います。
なにしろ、辻先生のおかげで、200年後の皇室秘宝展に万華鏡が展示されるのはほぼ確実なのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月16日 (金)

ビッグニュースその2

Photo

辻輝子先生宅への天皇皇后両陛下のご訪問が、伊豆新聞に紹介されました。
新聞の写真で拝見すると、美智子様がいつになく小さなバッグをお持ちで、そこには辻さんの作品が入っていると思われます。
今回は万華鏡ではなく香合を差し上げたとのことです。

そもそもお二人の出会いは、45~6年前のこと、まだ辻さんが世田谷にいらしたときに、ある日、家の前に菊のご紋入りの車が止まり、中から遠藤波津子さん(皇室のヘアメイクを担当されていた有名な美容家)が降りられて 「辻さん、美智子様がお会いしたいとおっしゃっているのでご一緒にいらしてください」と。
びっくりして伺った先は東宮御所。
そこで見せられたのは、美智子様が学生の頃から集めていらした辻さんの作品のコレクションだったそうです(その辺のことは『人生は万華鏡』モノアート制作 仙台万華鏡美術館刊にも著されている)。
辻先生は戦後間もなくから「和光」にずっと出されていらしたので、「和光」でお買いになっていたんですね。
すなわち美智子様は長年の辻先生のファンだったわけです。

それからおつきあいが始まり、軽井沢に呼ばれたときは、皇太子様がまだご幼少で「おばちゃま、僕エベレストに登るの」「僕の庭にはね~、雉が来るんだよ~」などとお話しなされたとか。
そうしたら天皇陛下(当時は皇太子様)から「おたあさまのお友達だから、あちらにいらっしゃい」といわれていたとか。
なかなかふだんはうかがい知れない生活ぶりがかいま見られます。

美智子様は美しいものがお好きで、そしてなんでもお作りになるのだとか、秋篠宮がお生まれになるときも靴下やらよだれかけやらそれはきれいにお作りになって感心したとのこと。
一時ノイローゼのようになられたときは、辻さんが伺って陶芸をご一緒にされたそうです。
今回美智子様がお土産に持っていらした歌集を1冊、私にくださるそうです。
キャハー~~~!! お宝に致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月10日 (土)

訃報です

万華鏡作家小嶌淳さんの奥様が、お亡くなりになりました。
5年ほど前からがんで闘病生活をされていて、小嶌さんもずっと寄り添っていらっしゃいましたが、ここへ来て急変され、緩和病棟に移られて間もなく、亡くなられたそうです。

仙台万華鏡美術館でコンテストが行われたとき、その少し前に奥様のがんが発見されて、コンテストで3位に入選されたことが、少しでも慰めになればと思ったことでした。
その後、私も同じ病を得て、同病相憐れむではありませんが、時々メールをやりとりしていましたが、こういうことになっていろいろ思うものもあります。

もっとも私は今のところすごく元気で、小嶌さんに100歳まで生きる!と言われています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビッグニュース

陶芸家辻輝子さんのお宅に天皇皇后両陛下がいらっしゃいました(お忍びで)。
以前から書いてきましたが、辻先生は皇后様と40年以上のおつきあいで、これまでも何度もお会いになっているのですが、いつも宮中に上がるという形でした。
けれども先生も以前ほど元気にどこへでも行けなくなり、とくに足が弱られてそうそう上京もできない、それでということでしょうか。
「私が参ります」という皇后様のお言葉だったそうです。
4月6日、午後、両陛下そろっていらしたのですが、やはりお迎えは大変だったとか。
お忍びとはいえ、警護の人が30人。車も何十台。
先生のお宅は別荘地の一番奥まったところで、車もすれ違えないようなところ。もっともがけの上から海が一望できて、景色は素晴らしい。
その道の両側に、警備の人が身を潜め、SPもズラリ。
あの坂を両陛下が降りられて、足でも滑らしたら大変と、私も心配しました。

さて先生のお家は仕事場、ギャラリー、お茶室、そして日常の住まいと4棟から成っています。そのすべてをご覧になるということで、先生ご自身はご案内できない、御主人も耳が遠くなっていらっしゃる、それで美里さんがご案内役をお勤めになりました。
ギャラリーに降りる途中、ちょうどシャクナゲが真っ赤に咲いていて、皇后様がそれに目を留め、きれいね~とおっしゃると、答えるように鶯が鳴き出して、ずっと鳴いていて、実に絵のような光景だったといいます。
美里さんの世代では両陛下といってもそれほど崇めるということはないとのことですが、それでも「やっぱりオーラがすごい」と。
そして、海の見える仕事場で天皇陛下が工房の椅子にお座りになって「いいね~、辻さん、こんなところで毎日過ごせて」とおっしゃり、なかなかそこを離れなかったとか。
ギャラリーもご覧になったあとで、いつも私たちがおじゃますると通される客間にお通しして、それからのご歓談がホントに盛り上がったとのことでした。
察するに皇后様は辻先生のことが本当にお好きなのだと思います。

いつも私たちもいただいているドクダミの模様のお茶碗でお茶を差し上げて、ドクダミ談義に花が咲いたとか。
両陛下が本当にお喜びの様子がよく分かって、美里さんも嬉しかったとのことです。
予定の時間を大幅にオーバーして、お付きの方にせかされるようにお帰りになったのですが、皇后様が帰り際に坂の上から振り向いて「お元気でね~。またね~」とおっしゃって手を振られたのがとても印象的とのことでした。

いずれにせよ、200年後ぐらいに皇室秘宝展が開かれたときには、平成天皇妃美智子様ご愛顧の辻輝子作、美里映像の万華鏡が展示されるであろうことが予想されます。
そう思うと私も嬉しいです。
写真は1枚もとってはいけないとのことで、残念ながらありません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2010年2月 | トップページ | 2010年11月 »