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2006年4月29日 (土)

和の万華鏡展いよいよ

いよいよあさってから「和の万華鏡展」始まります。作家さんたちがほんとにによい作品を送ってくださって、とても感謝です。さまざまな和の意匠に内蔵された映像は、それぞれの個性を発揮して、どれを選んだらよいか迷うでしょう。世田谷区桜新町で、お待ちしています。

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2006年4月25日 (火)

鏡の妖しさ

光とともに万華鏡のもう一つの重要な要素である鏡について、少し考えてみたいと思います。
水に写る自分の姿を見て自己を認識したナルシスの例を持ち出すまでもなく、鏡は自分を知るための手がかりであり、自我の確立も鏡なしではあり得なかったと考えられています。
鏡はまた鑑とも書いて、人としての規範を表すものともされています。鏡が「姿」を映し出すものということから来ているのでしょう。日本の古い伝承物語に「大鏡」がありますが、これは歴史を映し出すという意味から来ています。
一方、鏡は不思議なもの、魔のものというとらえ方もされています。鏡に映ることはとても神秘的なものとされて、そこに人々はさまざまな想像を加えたであろうと思われます。大和の女王卑弥呼が魏の国の王より鏡を贈られたことからも分かるように、それははじめは祭祀の道具とされました。さらに神道や天皇制にとっても重要な役割を果たしており、「三種の神器」のひとつであることが、鏡に対する思い入れを立証しています。
外国に目を向けても、「鏡の国のアリス」をはじめとして、「白雪姫」などの物語にも登場し、ストーリーの重要な鍵となっています。
「鏡の国のアリス」は鏡のむこうにも世界があるという観念ですし、また、「魔」を示すという考え方もあったようです。鏡に一種、霊力を認め、鏡が割れると不吉と考えたり、鏡にカバーをする習慣もそこから来たものだと思われます。
さらに、「魔鏡」などというものも人間は考え出し、鏡への思い入れはとどまることがありませんでした。
万華鏡に人が魅せられるのは、そうした鏡への想いと無関係ではないような気がします。只でさえ不思議な鏡の映像が、想像とまったく違う形で現れる、しかもとても美しい、そんな現象を享受できるのがまた、覗くという行為で、その秘密めいた世界にはまってしまうのではないでしょうか。
ともあれ、妖しく不思議な世界の楽しみであることは、間違いありません。

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2006年4月 8日 (土)

光の芸術

昨日、NHKの番組で名画に描かれた「光」について、なかなか面白い切り口で見せてくれました。ミケランジェロの「モーゼ像」ですが、頭についている角は何かというと、なんとそれは光を表したもの。いわば後光とのことで、古来、人は光に特別な思いを抱いてきたのだといいます。たしかに洋の東西を問わず、宗教画には必ず光背が描かれています。
時代は飛んで、17世紀を代表する画家レンブラントとフェルメールについて。この二人の特徴は、光を実に効果的に使って、絵に陰影を与えているとのこと。とくにフェルメールは当時できた写真技術を応用して、あのように深い印象的な絵を描いたのだということでした。
万華鏡はなんといっても光の芸術だと思っているのですが、光に対する人間の想いというものを考えると、万華鏡になぜはまるのかという原点が見えてくるかもしれません。
光がいっぱいあるところで、よくできた万華鏡のオブジェクトを見ると、なんともいえない幸福感に浸ることが出来ます。ゲーテも死の際に「もっと光を」と言ったと伝えられていますが、人にとって光は絶対不可欠のもの、光を浴びたいという欲求は、誰しもあるものだと思われますが、その光を感じさせてくれるものだからこそ、人は万華鏡に魅せられるのでしょうか。
そして万華鏡のもう一つの要素、鏡も人間の心を迷わせると言われています。その鏡についての考察は、いずれまた。

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2006年4月 7日 (金)

揺らぎ

以前に九州大学名誉教授の蔵元先生がお話くださった「揺らぎ」について、書きました(3月4日万華鏡と音楽との相関)。
すなわち、音楽はドミソという音の連なりで成り立ち、音そのものには何の意味もないが、連なることで美しい音楽を生み出す。だとすれば、コンピューターで作曲しても同じではないかと思われるけれど、やはり人間が作ったものの方が美しい、それは人間の脳には「揺らぎ」があるからではないか、というお話でした。
その時物理学者の先生が面白いことをいうものだと思っていたのですが、ある人に言わせると、物理学の根本は揺らぎなのだというのです。門外漢の私は「ほー」っと感心するしかないのですが。
で、話変わって、音楽と同じ一つ一つはありふれた素材でしかない万華鏡のオブジェクトが、集合することで美しい映像を生み出すわけですが、それもよく言われるのが、コンピューターで作れるだろう、どう違う、と。しかし人間には「揺らぎ」があるから、だからこそコンピューターには出せない美しさを生むのだと思うと、なんか自信がもてますねえ。
鏡の組み方が正確でないとか、生み出された映像が歪んでいるとか、とかく万華鏡はなまじサイエンスの面も持っているせいか、よくそんなご批判を頂きます。
もちろん、出来るだけ精巧に正確に作るべきだし、良心的な万華鏡作家は、ほんとに1ミリの世界で生きているわけで、彼らの苦労がわかっている私は、いい加減に作られたものには、怒りさえ感じます。
しかしそこに人間の「揺らぎ」が加味されて、思いがけない作品が出来たりする。そんな面白さもあるような気もして。職人であり芸術家である、両面が生かされたらきっと素晴らしい作品が生まれるのではないかと期待するわけです。

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2006年4月 1日 (土)

代永ワールド

代永正樹さんという万華鏡作家がいます。彼の作り出す万華鏡映像世界は、すごい!私はこれを「妖しの代永ワールド」「黒魔術」などと呼んでいます。ちょっと他では見られません。代永さん自身も「ほかとは違う物を作りたいと思ってやってきた」とおっしゃっています。とくに偏光フィルムを使った4ポイントは、本当に妖しい。最初は、その良さはよく分からないかもしれない。とにかく「最低3分間は見てください」と私は言います。そのうち、なんだこれは!という感じになってきます。その色といい形といい、中世のお城、もしくは僧院を思わせる世界、あるいは19世紀末、アールヌーボーの世界、とにかく迷い込んだら出られない、、いや出たくないラビリンス(迷宮)です。
万華鏡をたくさん見てきた人がはまる美しさですね。初心者には分かりづらいかも。
以前に辻輝子さんにご紹介して、辻さんの作品もいくつか手がけられていますが、その中で私が一番好きなのが、「ザリガニ」という作品です。辻先生の焼きものの意匠のザリガニも素晴らしいのですが、そのザリガニの赤を基調とした映像で、金の細かい粒子が浮かんで、それは幻想的な映像です。世田谷美術館の展覧会の時に注目した人も多く、その後世田谷未来博に来てくれたイラストレーターさんも、鳥肌が立つようだったといってくれました。私も同感です。辻先生に「誰かにお売りになるのだったら、私に売ってください」とお願いしています。
彼はご自分の作品はステンドグラスで作っているのだけど、それもいいけど、惜しむらくはそれが重いことを残念に思っていました。そしてもっと軽い材質、できれば漆などとコラボレーションしたら素晴らしい物になると思っていました。そしてその夢がようやく実現しようとしています。
鹿倉桂子さんという漆を作る方が、外側の意匠を手がけてくれることになりました。鹿倉さんは、アマチュアながら丁寧でセンスの良い仕事をなさる形で、以前にポーランドに漆を持っていきたいと思って無理をいってお願いしてやっていただいた方です。その時は映像は小嶌さんにやっていただいたのでした。その作品はスペインの漆展にも出て、帰ってきました。
代永、鹿倉さん、お二人ともとても意欲的に考えていただけて、私は今からとても楽しみです。ワクワクします。「和の万華鏡」を代表する作品ができあがることを望んでいます。

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